- 曲名
- 稲妻がタトラの上を走り去り / Nad Tatrou sa bly'ska / Lightning Over The Tatras
- 作詞
- ヤンコ・マトゥーシュカ / Janko Matu's(ka
- 作曲
- 不詳(スロバキア民謡)
- 採用時期
- 1918年12月13日
スロバキア国歌の解説
スロバキアがハンガリー王国の支配下にあった1844年、スロバキア民族運動の中心的立場にあった知識人活動家・リュドヴィート・シュトゥール(Ľudovít Štúr)がハンガリー当局によって職を追われると、それに対して起こった学生たちの抗議運動が起こりました。
その抗議の行進の中で、「Nad Tatrou sa bly'ska」(稲妻がタトラの上を走り去り)が生まれたと言われています。
歌詞は、ヤンコ・マトゥーシュカ(Janko Matúška)が、スロバキアとポーランドの国境にそびえるタトラ山脈を題材に作詞したもので、メロディーはスロバキア民謡の「彼女は小さな井戸を掘った」(Kopala studienku) から採られています。
この曲は1848年から1849年にかけて、スロバキア解放運動に参加した義勇兵らの間で人気を呼びました。
1918年にオーストリア・ハンガリー帝国が崩壊すると、チェコスロバキア共和国が成立。 1920年に第1節がチェコスロバキアの国歌の一部となり、 チェコの国歌である「我が家何処や」の第1節に続けて、第2節として歌われるようになりました。
1993年にスロバキアが平和裏にチェコとの連邦関係を解消して独立すると、その2節が国歌として定められました。
スロバキア国歌の歌詞
スロバキア語:Nad Tatrou sa bly'ska |
英語訳:Lightning Over The Tatras |
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Nad Tatrou1 sa bly'ska
To Slovensko nas(e |
There is lightning over the Tatras1
That Slovakia of ours |
Youtube動画ファイルによるスロバキア共和国の国歌の視聴
合唱バージョンです。
合唱バージョンです。
スロバキア共和国の概要
- 正式国名
- スロバキア共和国 / スロバキア語:Slovenska' republika / 英語:Slovak Republic
- 独立
- 1993年1月1日、チェコとの連邦を解消し、独立。
- 首都
- ブラチスラヴァ
- 面積
- 48,845km^(2)(126位)
- 人口
- 5,445,000人(106位 / 2011年総計)
- 政治体制
- 共和制、議会制。 国家元首の大統領は、直接選挙による選出で任期は5年。 立法府は、定数150の一院制であるスロバキア共和国国民議会で、任期は4年。
- 民族構成
- スロバキア人が85.8%、マジャル人が9.7%、ロマが1.7%、チェック人が0.8%、他。
- 言語/dt>
- 公用語であるスロバキア語が話されている他、一部でハンガリー語も使われています。
- 宗教
- カトリックが60.3%、次いで宗教的メンタリティを持たないものが9.7%、プロテスタントが8.4%、ギリシャ・カトリックが4.1%、東方正教会が4.1%、他(2004年センサス)。
- 通貨
- ユーロ (EUR)(EUR)