モンゴルの国歌は、その雄大な大地と遊牧民の精神を映し出すだけでなく、20世紀におけるモンゴルの劇的な政治的変遷を色濃く反映しています。社会主義時代から民主化を経て、国歌の歌詞が何度も変更されてきた歴史は、まさにモンゴル自身が歩んできた道のりそのものです。
- 曲名
- モンゴル国国歌 (Монгол Улсын Төрийн Дуулал)
- 採用年
- 1992年(現行歌詞)、1999年(一部改訂)
- 作曲者
- ビレーギーン・ダムディンスレン、ラバギーン・ムルドルジ
- 作詞者
- ツェンディーン・ダムディンスレン
- キー(調性)
- ハ長調(C Major)
国歌の成り立ちと政治的変遷の背景
モンゴルは、1921年の人民革命によって独立を宣言しましたが、その後はソビエト連邦の影響を強く受ける社会主義国としての道を歩みました。この時代、国家の象徴である国歌もまた、社会主義のイデオロギーを反映した内容へと変化していきました。しかし、1990年代の民主化の波は、モンゴルの政治体制だけでなく、国歌の歌詞にも大きな影響を与えることになります。
モンゴルは、その歴史の中で幾度か国歌を変更してきました。特に注目すべきは、社会主義時代に採用された国歌と、民主化後に現在の国歌「モンゴル国家」(Монгол Улсын Төрийн Дуулал、Mongol Ulsyn Törööl Duulal)として再採用された経緯です。
歌詞の変遷:政治的イデオロギーの反映
モンゴルの国歌は、主に以下の二つの大きな時代で歌詞が大きく異なります。
1. 社会主義時代の国歌(1950年採用 – 1990年廃止)
1950年に採用された国歌は、ソ連の強い影響下にあった当時の社会主義モンゴルを象徴するものでした。この歌詞は、モンゴル人民革命党の指導力と、ソビエト連邦との「永遠の友情」、そして社会主義建設への賛美を明確に謳っていました。
作曲: ビレーギーン・ダムディンスレン、ラバギーン・ムルドルジ
作詞: ツェンディーン・ダムディンスレン
- 原語(モンゴル語)抜粋
- Бидний ариун эх орон
Бидний хувьсгалт Их Монгол
Социализмын замналаар
Мөнхөд урагшилж байна. - 英語訳抜粋
- Our sacred motherland,
Our revolutionary Great Mongolia
On the path of socialism
Forever marches forward. - 日本語訳抜粋
- 我らの聖なる母国、
我らの革命的な偉大なるモンゴル
社会主義の道に沿って
永遠に進む。
この歌詞は、当時のモンゴルの国際的な立ち位置と、社会主義イデオロギーが国家建設の中心にあったことを明確に示しています。しかし、冷戦の終結と東欧諸国の民主化の波は、モンゴルにも大きな変革をもたらしました。
2. 現在の国歌「モンゴル国家」(1992年再採用、1999年一部改訂)
1990年の民主化革命後、モンゴルはソ連からの影響を脱し、独立した民主国家としての道を歩み始めました。これに伴い、社会主義時代の国歌は廃止され、1950年以前の国歌のメロディをベースに、新たな歌詞が採用されました。この歌詞は、モンゴルの自然、歴史、文化、そして独立と自由を強調する内容へと変更されました。特に1999年には、社会主義時代の名残である「人民」という言葉が削除され、より普遍的な国民国家としてのメッセージが強調されています。
作曲: ビレーギーン・ダムディンスレン、ラバギーン・ムルドルジ
作詞: ツェンディーン・ダムディンスレン (一部改訂)
- 原語(モンゴル語)
- Дархан манай тусгаар улс
Даяар олноороо хамгаална
Агуу их Монгол эх орон
Ариун голомт минь мөнх оршино. - 英語訳
- Our inviolable independent nation
Shall be protected by all.
Our great Mongolian motherland,
Our sacred hearth shall forever exist. - 日本語訳
- 我らの不可侵なる独立国家
皆で守ろう
我らの偉大なるモンゴルの母国
我らの聖なる炉は永遠に存在する。
- 原語(モンゴル語)
- Үндэсний хувьсгалын үйлс
Үргэлж мандан бадарна.
Хөдөлмөрч ардын бүтээсэн
Хөгжил дэвшил үүрд мандана. - 英語訳
- The cause of the national revolution
Shall always flourish and prosper.
That which the working people created
Development and progress shall forever rise. - 日本語訳
- 民族革命の事業は
常に繁栄し栄えるだろう。
働く人々が築き上げたもの
発展と進歩は永遠に高まるだろう。
- 原語(モンゴル語)
- Эх орныхоо сүр жавхланг
Эв нэгдлээрээ дуурсгана.
Энх тайван хөгжил цэцэглэлт
Эрх чөлөөгөө манан хамгаална. - 英語訳
- The glory of our motherland
We shall proclaim with our unity.
Peace, development, and prosperity
We shall protect our freedom. - 日本語訳
- 母国の栄光を
我らは団結をもって謳い上げよう。
平和、発展、そして繁栄を
我らは自由を守り抜く。
この現在の歌詞は、モンゴル自身の歴史と自然、そして国民の結束を前面に押し出しており、特定のイデオロギーに偏らない国民統合の象徴としての役割を果たしています。特に「東洋の草原の太陽」といった表現は、モンゴルの地理的・文化的特性を色濃く反映しています。
音楽的特徴と関連情報
モンゴル国歌は、ハ長調(C Major)で演奏されることが一般的です。この調性は、明るく、開放的で、力強い印象を与え、モンゴルの雄大な自然と人々の不屈の精神を表現するのに非常に適しています。ゆったりとしたテンポながらも、力強いリズムが特徴で、国民の連帯感を高める効果があります。
この国歌の楽譜やMIDIデータは、以下の信頼できる外部サイトで入手できます。
Wikipedia (National Anthem of Mongolia)
Mongolian Parliament (Төрийн Дуулал)
(外部リンク:別ウィンドウで開きます)
この国歌の演奏を聴く
演奏バージョン。
歌唱バージョン。
歌唱バージョン。
合唱バージョン。
文化的影響とエピソード
モンゴルの国歌は、国のアイデンティティと国民の誇りの象徴として、学校教育や公式行事において非常に重要な役割を担っています。民主化以降、社会主義時代の記憶と決別し、モンゴル独自の歴史と文化を再評価する動きの中で、この国歌は国民統合の核となっています。特に、チンギス・ハーンを祖とするモンゴル帝国の栄光が歌詞に直接的に含まれていないにもかかわらず、その背景にある「偉大なるモンゴル」という意識は、国民一人ひとりの心に深く根差しています。
結び
モンゴルの国歌の変遷は、一国の歌が単なるメロディと歌詞の組み合わせではなく、国家の政治的・歴史的状況を映し出す鏡であることを雄弁に物語っています。社会主義のイデオロギーを掲げた時代から、民主化を経て、モンゴル独自の文化と独立を尊重する現代へと至る道のり。そのすべてが、この「モンゴル国家」という歌に凝縮されています。この歌を聴くことは、モンゴルという国の激動の現代史を理解する上で、非常に重要な手がかりとなるでしょう。
モンゴル国歌からわかること
- 歌詞の変化
- 社会主義時代の「ソ連との友情」から、民主化後の「モンゴルの自然・歴史・文化・独立」へと変遷し、政治的イデオロギーの転換を明確に示している。
- 歴史の反映
- 国歌の歌詞の変遷そのものが、モンゴルの激動の現代史(社会主義時代、民主化)を映し出す貴重な史料となっている。
- 国民統合の象徴
- 特定のイデオロギーに偏らない普遍的な内容へと変化し、国民全体のアイデンティティと誇りを育む役割を担っている。
モンゴル国概要
- 正式名称
- モンゴル国(日本語)
Mongolia(英語)
Монгол Улс (Mongol Uls)(モンゴル語) - 首都
- ウランバートル
- 面積
- 1,564,116 km²
- 人口
- 約340万人(2023年時点)
- 民族
- モンゴル系(ハルハ族など)、カザフ系
- 言語
- モンゴル語(公用語)
- 宗教
- チベット仏教が多数派
- 日本との時差
- -1時間(モンゴルの方が1時間遅い)










