フィリピン国歌「ルパン・ヒニラン」:自由への賛歌

フィリピンの国旗

フィリピンの国歌「ルパン・ヒニラン (Lupang Hinirang)」は、フィリピンの言葉で「選ばれし土地」を意味しています。その名の通り、祖国への深い愛情と自由への不屈の精神を歌い上げています。アジアで最も長く外国支配に抵抗し、独立を勝ち取ったフィリピンの人々にとって、この歌は単なるメロディではなく、彼らの歴史と魂そのものを象徴する存在とも言えます。スポーツの国際大会でフィリピン選手が入場する際や、重要な式典で厳かに斉唱されるその調べは、聴く者の心に静かな感動と力強いメッセージを伝えます。

曲名
ルパン・ヒニラン / Lupang Hinirang / Chosen Land
作曲
フリアン・フェリペ (Julián Felipe)
作詞
ホセ・パルマ (José Palma) (スペイン語詩「フィリピン」)
フェリペ・パディージャ・デ・レオン (Felipe Padilla de León) 他 (タガログ語歌詞)
キー (調性)
ト長調 (G major)
採用年
1898年 (楽曲)、1956年 (現在のタガログ語歌詞)
Manila Cathedral in HDR
Manila Cathedral in HDR / akosihub

国歌の成り立ち:革命の炎から生まれたメロディ

フィリピンは1521年のマゼラン来航をきっかけに、約300年以上にわたりスペインの植民地支配下にありました。19世紀後半になると、ホセ・リサールなどの知識人による改革運動が活発化し、やがて武装蜂起へと発展します。

「ルパン・ヒニラン」の起源は、こうしたスペインからの独立を目指したフィリピン革命の熱狂の中にあります。1898年、革命の指導者エミリオ・アギナルド将軍は、新たな独立共和国にふさわしい国歌の必要性を感じ、音楽教師であるフリアン・フェリペに作曲を依頼しました。フェリペはわずか1週間で「フィリピン国歌行進曲 (Marcha Nacional Filipina)」という行進曲を完成させ、同年6月12日の独立宣言の際に初めて演奏されました。当初は歌詞がなく、純粋な器楽曲でしたが、その力強い旋律は瞬く間に人々の心を掴みました。

植民地支配から完全独立への長い道のり

しかし、スペインに代わってアメリカがフィリピンを支配下に置こうとしたことで、今度は米比戦争が勃発します。激しい抵抗も虚しく、フィリピンはアメリカの植民地となり、「フィリピン国歌行進曲」の演奏も一時禁止されるなど、独立の夢は遠のきました。この苦難の時代、詩人ホセ・パルマがこの曲にスペイン語の詩「フィリピン (Filipinas)」を書き下ろし、初めて歌詞が付きました。この詩は、当時のフィリピン人の自由への渇望と、祖国への深い愛情を表現していました。

第二次世界大戦中には日本軍の占領も経験しましたが、終戦後の1946年、フィリピンはようやく完全な独立を達成します。独立国家として、自国の言語による国歌の必要性が高まり、1956年、現在のタガログ語歌詞が正式に採用され、「ルパン・ヒニラン」として今日まで歌い継がれています。この歌詞の採用は、フィリピン自身の文化と言語の確立を象徴する重要な一歩でした。

【補足コラム】国歌の言語変遷について

国歌の歌詞は初め、1899年にホセ・パルマによるスペイン語詩「フィリピン (Filipinas)」が付けられました。これは当時の支配言語であったスペイン語を用いたものでした。その後、アメリカ統治時代に英語の翻訳も登場しましたが、フィリピン国民の間では自国語による国歌への強い要望がありました。
1956年にフィリピン政府は公式にタガログ語の歌詞を採用し、これが現在歌われている「ルパン・ヒニラン」となりました。タガログ語歌詞は、植民地支配からの独立と民族意識の高まりを反映したもので、国民統合の象徴としての役割を果たしています。こうした言語の変遷は、フィリピンの複雑な歴史と多言語文化を理解するうえで重要なポイントです。

美しいフィリピンの夜明け

歌詞の解説:祖国への限りない愛と希望

「ルパン・ヒニラン」の歌詞は、美しい自然、豊かな歴史、そして何よりも自由を尊ぶフィリピン国民の精神を凝縮しています。ここでは、現在のタガログ語歌詞を原語、英語、日本語で対訳し、その意味を深掘りします。

タガログ語 (原語) 英語訳 (公式訳詞 “Philippine National Anthem”) 日本語訳 (試訳)
Bayang Magiliw,
Perlas ng Silanganan,
Beloved country,
Pearl of the Orient,
愛しき祖国よ、
東洋の真珠よ、
Alab ng puso,
Sa dibdib mo’y buhay.
The burning of the heart,
Is alive in thy breast.
心の炎は、
汝の胸に生きる。
Lupang Hinirang,
Duyan ka ng magiting,
Chosen land,
Cradle of the brave,
選ばれし土地よ、
勇者のゆりかごよ、
Sa manlulupig,
Di ka pasisiil.
To the conqueror,
Thou shall never be subjected.
征服者には、
決して屈することはない。
Sa dagat at bundok,
Sa simoy at sa langit mong bughaw,
In the seas and mountains,
In the air and sky of blue,
海に山に、
そよ風に青き空に、
May dilag ang tula,
At awit sa paglayang minamahal.
There is beauty in the poem,
And song for the cherished freedom.
美しき詩が、
そして愛しき自由への歌がある。
Ang kislap ng watawat mo’y
Tagumpay na nagniningning,
The sparkle of thy flag
Is a shining victory,
汝の旗の輝きは
燦然たる勝利であり、
Ang bituin at araw niya,
Kailan pa ma’y di magdidilim.
Its stars and sun
Shall never dim.
その星と太陽は
決して色あせない。
Lupa ng araw, ng luwalhati’t pagsinta,
Buhay ay langit sa piling mo;
Land of the sun, of glory and of love,
Life is heaven in thy embrace;
太陽の国よ、栄光と愛の国よ、
汝の抱擁の中で人生は天国。
Aming ligaya,
Na pag may mang-aapi
Ang mamatay nang dahil sa iyo.
It is our joy
When there are oppressors
To die for thee.
我らの喜びは、
もし圧制者が現れるならば
汝のために死すこと。

重要なフレーズの解説:

  • 「Bayang Magiliw, Perlas ng Silanganan」 (愛しき祖国よ、東洋の真珠よ)
    フィリピンが持つ豊かな自然と、その戦略的な位置から「東洋の真珠」と称されることを表しています。祖国への深い愛情と誇りが込められた冒頭のフレーズです。
  • 「Lupang Hinirang, Duyan ka ng magiting」 (選ばれし土地よ、勇者のゆりかごよ)
    「選ばれし土地」というタイトルにも通じる部分で、フィリピンが特別な使命を帯びた国であること、そして多くの英雄を生み出してきた歴史を讃えてます。
  • 「Sa manlulupig, Di ka pasisiil」 (征服者には、決して屈することはない)
    スペイン、アメリカ、そして日本による支配を経験したフィリピンの、いかなる外国勢力にも屈しないという強い意志と独立への固い決意が表明されています。
  • 「Ang kislap ng watawat mo’y Tagumpay na nagniningning, Ang bituin at araw niya, Kailan pa ma’y di magdidilim」 (汝の旗の輝きは燦然たる勝利であり、その星と太陽は決して色あせない)
    フィリピン国旗は、その歴史と国民の精神を象徴しています。旗の太陽は自由への希望と光を、8つの光線は独立革命に立ち上がった8つの州を、3つの星は主要な3つの地域(ルソン、ビサヤ、ミンダナオ)を表しています。そして、赤は勇気と愛国心、青は平和と真実、白は純粋さと平等を表します。この歌詞は、旗に込められた勝利と希望が永遠に輝き続けることを誓っています。
Metro Manila
Metro Manila / ewen and donabel

Manila market
Manila market / joshuatintner

El Nido Lagen
El Nido Lagen / JackVersloot

フィリピン国歌「ルパン・ヒニラン (Lupang Hinirang)」の視聴

公式のオーケストラ演奏や、現地の学校での斉唱など、様々な「ルパン・ヒニラン」の演奏をYouTubeで視聴できます。

合唱バージョンです。

合唱バージョンです。

文化的影響とエピソード

フィリピンでは、国歌「ルパン・ヒニラン」の扱いについて、非常に厳格な法律が存在します。国歌を歌う際には、胸に手を当てることや、歌詞を間違えずに歌うことなどが定められています。特にスポーツイベントでは、選手も観客も一体となって大声で国歌を斉唱する光景は、フィリピン人の強い愛国心と一体感を感じさせます。

また、フィリピン国旗についても興味深い歴史があります。現在の国旗の基本的なデザインは1898年にエミリオ・アギナルドによって考案されましたが、その後の時代において、特に青色の色調に関して様々な変遷がありました。初期の国旗では、より明るいスカイブルーやネイビーブルーに近い色調が使用されていた時期もあり、現在の「ロイヤルブルー」に落ち着いたのは比較的新しいことです。さらに特徴的なのは、フィリピン国旗は戦時になると赤色が上になるよう逆さに掲揚されるという、世界でも珍しい規定がある点です。これは、赤が「勇気と愛国心」、青が「平和と真実、正義」を象徴するためで、戦時においては勇気と愛国心を前面に出す意味合いが込められています。

これらの厳格なルールや歴史的な背景は、フィリピンの人々が国歌と国旗にどれほどの敬意と誇りを抱いているかを示しています。

フィリピン国歌を歌うフィリピン人

結び:自由を謳歌する魂の歌

「ルパン・ヒニラン」は単なる国家のシンボルにとどまらず、フィリピンの長く困難な歴史を乗り越えた人々の誇りと希望を表現しています。植民地支配の時代を経て、自国語での歌詞採用に至るまでの言語的な変遷は、フィリピン民族の自己認識と文化的自立を象徴しています。

これからフィリピンの国歌を聴く時は、その旋律と歌詞に込められた歴史と国民の魂を感じてみてください。

フィリピンの概要

正式国名
フィリピン共和国
Republika ng Pilipinas (レプブリカ ナン ピリピーナス)
Republic of the Philippines
首都
マニラ (Manila)
独立
アメリカ合衆国から1946年7月4日に独立
面積
約30万平方キロメートル
人口
約1億1,700万人 (2023年推定)
政治体制
共和制
大統領を元首とする共和制国家。フィリピンの大統領は国民の直接選挙で選出され、任期は6年。憲法の規定により、再選は禁止されていますが、非常に強い権限を持っています。議会は、元老院(上院)と代議院(下院)の両院制(二院制)。上院は、24議席で任期6年。下院は憲法上250議席以下と規定されており、現在は214議席。任期は3年。
民族構成
マレー系を主とする多民族。
言語
国語はフィリピン語 (Filipino)、公用語はフィリピン語と英語。日常的に母語として使われる言語は172にも及ぶそうです。
宗教
キリスト教徒はフィリピンの全人口の90%以上を占めています。カトリックが82.9%(ローマ・カトリック教会が80.9%、アグリパヤンが2%)、エヴァンジェリカルが2.8%、イグレシア・ニ・クリストが2.3%、その他のキリスト教が4.5%。さらにイスラームが5%、その他が1.8%、不明が0.6%、無宗教が0.1%(2000年センサス)
通貨
フィリピン・ペソ(PHP)
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