ボスニア・ヘルツェゴビナの国歌「インターメッツォ」、あるいは公式には「ボスニア・ヘルツェゴビナ国歌」は、歌詞を持たない珍しい国歌として知られています。
多民族国家であるボスニア・ヘルツェゴビナの歴史的背景と、統一への願いが込められたこの曲は、単なる音楽以上の深い意味を持っています。その旋律は、紛争後の国家再建と、多様な民族が共存する未来への希望を静かに奏でています。
- 国名
- 日本語:ボスニア・ヘルツェゴビナ
英語:Bosnia and Herzegovina
セルビア・クロアチア語:Bosna i Hercegovina - 曲名
- 日本語:インターメッツォ(間奏曲)
英語:Intermezzo / National Anthem of Bosnia and Herzegovina
セルビア・クロアチア語:Himna Bosne i Hercegovine - 採用年
- 1998年2月10日(2001年に正式採用)
- 作曲者
- ドゥシャン・シェスティッチ
Dušan Šestić - 作詞者
- 歌詞なし(一時的に歌詞が提案されたこともありましたが、最終的に採用されませんでした)
- キー (調性)
- 公式なキー指定はされていませんが、一般的にはト長調で演奏されることが多いようです)
ボスニア・ヘルツェゴビナの国歌の成り立ち
ボスニア・ヘルツェゴビナの国歌「インターメッツォ」は、1992年から1995年まで続いたボスニア紛争後の複雑な政治状況の中で誕生しました。それまでの国歌「Jedna si jedina(唯一の存在)」は、セルビア人やクロアチア人の間で受け入れがたいとされ、新たな国歌が模索されました。
1999年、ドゥシャン・シェスティッチによって作曲されたこのインストゥルメンタル曲が、国家の象徴として採用され、2001年に正式承認されました。最大の特徴は、歌詞が存在しないことにあります。
これは、国内の主要3民族(ボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人)の誰もが受け入れられる歌詞を見出すことが困難であったためです。
なぜ「歌詞がない」のか?
「インターメッツォ」は、公式に歌詞を持たない国歌です。政治的・民族的な配慮から、どの民族にも偏らない象徴を目指した結果です。
- 多様性の尊重: 歌詞がないことで、民族・宗教・歴史的視点に依存せず、全ての国民が共通の象徴として受け入れることができます。
- 普遍的な訴求力: 音楽そのものが言葉の壁を越えて、人々に希望や平和の感情を伝える手段となります。
- 未来への決意: 紛争の歴史を超え、共に歩む未来への意志を、静かに、しかし力強く示しています。
なお、イヴォ・ツェリッチによる歌詞案が2009年に議会で承認されたこともありましたが、最終的に採用には至りませんでした。
音楽的特徴
「インターメッツォ」は、その名の通り、控えめで穏やかな旋律が特徴です。ト長調で構成されるメロディは、明るく開放的な響きを持ち、希望や静かな誇りを感じさせます。
ホルンや弦楽器による優しい音の重なりが印象的で、ゆったりとしたテンポが内省的な雰囲気を醸し出します。
演奏・資料リンク
ボスニア・ヘルツェゴビナの国歌「インテルメツォ」(Intermeco)の視聴
美しい合唱バージョンです。
渋い男性の声による独唱バージョンです。
文化的影響と人々の受け止め方
オリンピックなどの国際大会では、この国歌が流れる際、選手たちは黙って起立し、ただ旋律に耳を傾けます。
歌詞を持たないために一体感を欠くと見られることもありますが、「個々が内面で国と向き合う時間」として尊重する声もあります。
結び
この旋律は、民族の違いを超え、共通の未来を目指す国家の姿を映し出しています。言葉では表現しきれない歴史や想いを、音楽そのものが語りかけてくれます。
「インターメッツォ」は、過去と未来をつなぐ静かな橋渡し――その響きは、国の複雑で美しい精神を表しているといえるでしょう。
ボスニア・ヘルツェゴビナの概要
- 正式名称
- 日本語:ボスニア・ヘルツェゴビナ
英語:Bosnia and Herzegovina
セルビア・クロアチア語:Bosna i Hercegovina - 首都
- サラエボ
- 独立年
- 1992年
- 公用語
- ボスニア語、セルビア語、クロアチア語
- 面積
- 約51,197 km²
- 人口
- 約323万人(2024年推定)
- 通貨
- 兌換マルク(BAM)
- 民族
- ボシュニャク人、セルビア人、クロアチア人など
- 宗教
- イスラム教(スンニ派)、セルビア正教、カトリックなど






